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【本】だれが君を殺したのか:コルシュノウ

前回のエントリーで挙げた本で紹介があったので読んでみました。別にミステリの本というわけではありません。内容的には「ライ麦畑でつかまえて」に近く、高校生が主人公の本です。

冒頭、主人公マルティンの友人、クリストフの葬式から始まります。このクリストフという少年は感受性が非常に高く、世の中の不正や汚いものを許せないといった人です。感受性が高すぎる人間に良くあるように、家族や学校とまったくそりがあいません。ライ麦畑のホールデンは大人と子供の間を行き来しておりましたが、クリストフの場合はこの鋭さを持ったまま人生を突き進んでいきます。

話はマルティンがクリストフについて、過去に何があったか回想していきながら進んでいきます。

音楽のみが望みだったクリストフ。貧乏時代からの叩き上げで、実用一点ばりの父親は、音楽なんて役に立たないものはやめろと、クリストフに音楽を禁止します。学校では意地の悪い教師からのいじめにあったり。クリストフはだんだん追い詰められていき、最終的には自殺とも事故とも取れない形で亡くなります。
だれが君をころしたのか。それはまさに周りの無理解な人達だと。


人類の永遠の課題ともいえる、大人と子供の対立。これは、大人は大人の都合のみを言い、子供は子供の都合のみを言う。その両方が平行線をたどって反りが合わないことが原因でしょう。

大抵の場合、大人の方が強いので大人の都合を子供に押し付けて行きます。そして子供が大人になった時、子供の都合のことは既に忘れていて自分の子供に大人の都合を押し付ける、といった循環になっています。
もっとも、現在の日本では大人不在とも言われているので、どうなるんでしょう。まあ、それはともかく大人の都合がどうしても受け入れられないといった子供ももちろんおります。

マルティンはクリストフと同じ傾向の少年ですが、クリストフよりもある意味鈍く、そして皮肉なことにクリストフの死をきっかけに教師や親との対話が始まります。

結局のところ、上で挙げた対立は対話でしか解決しないのでしょう。自分の都合を押し付けるのではなく、お互いに理解しあう。ただ、これがすんなりできれりゃ人類もっと平和にすごしているでしょうよ、ふう。

最後に、対話後のマルティンの父親の言葉を紹介して終わります。

「今日の若者は根本から退廃しきっている。悪徳、無信仰、怠惰。以前の若者のごとくに立ち直ることは、もはや望むべくもなく、われわれの文化をかれらが保持していくことは、絶対に不可能だろう。――どこにあった言葉か、わかるかい?バビロンから出た粘土書板にかかれてあったんだ。約三千年前だ」
「それでもわれわれは、今も文化と呼べるものを持っている。バビロンの文化そのままではないにしても、だ」
そういって、父はぼくに軽くうなずいて見せた。ぼくも父にうなずき返した。



テーマ : 読んだ本の紹介 - ジャンル : 本・雑誌

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